サマーキャンプ 七夕キャンプ 2014【平成26年度】『がんばれ共和国』レポート

サマーキャンプ 七夕キャンプ 2014 レポート

  • 宮城県蔵王町 / ゆと森倶楽部
  • 期日 / 8月1日(金)~8月3日(日)

 20年目を迎えた「蔵王・七夕難病キャンプ」はこんな風に準備され、実行されました

 キャンプ準備苦労話(20周年記念行事の準備も含めて)

 1995年に始めた「蔵王・七夕難病キャンプ」は、早いもので今年20年目を迎えた。何事につけ記念になるという時は誰でも張り切るもので、実行委員会もいつもはその年の1月から開始するのが常なのに、今回は昨年の11月にもう第一回の実行委員会を開いている。

 でもその時集まって話し合ったのは、「20周年を記念すべきキャンプ」にしようということ位で、その後はいつもの様に早く終わらせて「飲み会」に行こう。でも、20周年記念誌を出すこと、記念パーティを開くことを決めて、それはしっかりと実行されている。そのためにはお金を集めようということも話し合われ、実行に移したが、とても有難いことにたくさんの方々の協力を頂いている。その後も毎月実行委員会を開催し、小林さんと荻須さんにはほぼ毎回仙台に来て頂き、終われば「みょうがや」で舌鼓を打ち、時には仙台名物であるが仙台人はあまり食べない「牛タン」も食べに行ったりした。

 ボランティア講習会も4月から4回しっかり行い、学生ボランティアも内容を深め、まとまりも強くなったと思っている。特に今年は堺が週末は講演やらなんやで仙台にほとんどいない状態で講習会を行ったため、内ヶ崎、熊谷、小野寺、北沢の各実行委員は貴重な日曜日を割いてボランティア講習を確実にこなしてくれた。ほんとうに有難う。

そんな中でも

         20年を振り返るDVDを作る:後日「メモリアル20」と命名

         プロジェクト「心魂(こころだま)」(劇団四季の出身者で作る福祉を目的とした芸術集団)に記念アトラクションをお願いする。

         記念誌を1000部発行し、11月22日に「仙台江陽グランドホテル」で記念パーティを行う。

         以上のために200万円を目標に資金集めを行うこと

が決められた。そして「20周年実行委員会」を内ヶ崎、熊谷、小野寺、北沢、堺で作り、このメンバーで細かい準備を進めていった。20年間の写真を引っ張り出し整理し、「がんばれ」の記事を全部点検し、20年の間の出来事、感謝状、等々、時にはビールを飲みながら(いつも?)記念誌と「メモリアル20」の作成を進めた。特にDVDの作成は仕事を引退した熊谷さんが、毎日が日曜日だからということで「サンデー毎日」と呼ばれながらもしっかりしたものを作ってくれた。これはまだ未完成だが、11月22日のパーティにはキャンプの思い出を満載したDVDが完成し、皆さんにお配りできると思っている。

 さて、当日のキャンプを万全の体制で迎える準備は何とか整ったが、20年お世話になっている「ゆと森倶楽部」が改築にあたり、どうも定員がはっきりせず、ある時は130人しか入れません、ある時は180人まで大丈夫です、と不明のままで小林さんと堺は苛立ちながらの毎日であったが、結局今年は160人で何とか部屋割は出来た。

キャンプは始まった、が!!

 

第一日目、灼熱地獄状態の大ホール

 ボラさんが集まり、キャンパー家族が集まり、14時から「がんばれ共和国」建国式が始まる。その前に11:00からボランティアオリエンテーションが始まるが、それらのイベントの共通の場所である「大ホール」が何と冷房が効かないことがその時点で分かった。扇風機や換気パイプなどを動員したが完全な蒸し風呂状態。そのまま大食堂で昼食をとり、13時から続々と集まってくるキャンパー家族とボラさんのマッチングを行い、大ホールでの建国式に突入したが、その場にいるのがやっとの状態であった。20周年記念キャンプの大統領は初参加の緒方日向子ちゃん、キャンプ長は第10回、震災の年の17回、そして20回目記念と三回目の堺が務め、何とか建国式を終えたものの、第一日目の夜の記念行事、明日のステンドグラス、夜の大演芸会、これらの行事をこの蒸し風呂状態で行うのは不可能だと判断し、小林さんが大英断で全ての行事を玄関ホールの「暖炉ラウンジ」で行うことを倶楽部側と交渉を行い、OKとなった。音響器械の配置も終わっていた「心魂(こころだま)」の皆さんも大移動になった。でもこれが大正解で、そのまま蒸し風呂状態で全ての行事を行っていたら、行事にも集中も出来ず、キャンパーの体調もかなり悪くなっていたと思われた。実際に二人のキャンパーが、脱水が原因思われる発熱やけいれんを起こしている。あのまま強行していたら大変なことになったと今は冷や汗が流れる。

 そして、やっと全てが始まった第一日目

 そんな蒸し風呂状態のなかでも元気なキッズ団と、この七夕飾りを20年間支えてくれた工藤さん、冨並さん、阿部さん、そして蔵王で毎年美しい竹竿を選んで送ってくれる勅使瓦さんの協力で、今年も素晴らしい七夕飾りが出来た。何故か今年は「くまもん」も飾りに入っている。

 15:30からは、障害を持ったお子さんなどに音楽を教えているNPO法人「ミューズの夢」のフルート演奏と、やや老境に入った男性合唱を「暖炉ラウンジ」で楽しんだ。「暖炉ラウンジ」は暖炉とグランドピアノが置いてあるラウンジで、ここでのコンサート開催が出来ると踏んだ小林さんの選択はその後の行事の大成功につながり、僕らの不安を一気に吹き飛ばしてくれた。入浴を終え、夕食後「20周年記念行事」が始まった。「メモリアル20」は最高の出来だった。BGMは「気球に乗って」と蔵王独自で選んでいる「世界に一つの花」、「今日の日はさようなら」の3曲に加えて今大流行の「Let it go」、「Stand by me」、そして震災のために作られた「花は咲く」が用いられた。

 その後に行われた「心魂」の紙芝居ミュージカル「ライオンキング」は更に圧巻だった。スタッフの5名の皆さんは、この日の「小舞台」のために午前中に到着され、それから3時間以上のリハーサルを行っている。私は舞台の準備をしながら、その打ち込んでいる様子に頭が下がる思いだった。ミュージカルの詳細をここで述べるにはあまりにも紙数が足りないが、要約すれば聴き入っていたキャンパー、家族、ボランティアの誰もが一言も発せず、誰もがこの一時間がいつまでも終わらないでほしい、と願い、そしてアンコールの嵐だった。

 素敵な時間の後、花火を楽しみ、夜はふけていった。

 

第二日目

 二日目の朝も青空だった。去年は早朝風が強く熱気球が中止になっている。これはキャンプ20年の歴史の中で2001年の第9回キャンプが台風のために3日間何も出来ず、みんなが室内に釘付けになった時以来2回目のことだった。今年はそのうっ憤を晴らすような青空の下での熱気球で、皆が蔵王の空を心行くまで楽しめた。その後は仙台市乗馬協会が連れてきてくれるサラブレッド2頭で乗馬を楽しんだ。気切、人工換気中の子も乗馬と医療の両方のプロ、仲田医師のバギングをしながらの手綱さばきで乗馬を楽しめた。馬に乗ることが初めてのキャンパーも乗馬を心行くまで楽しむことが出来た。この間、奈良さんのサランギとジャズトリオのコラボが暖炉ラウンジで演奏され、続いて宮城県立こども病院バンドの演奏も行われた。こども病院のバンド演奏は年々磨かれてきている。そろそろ聴診器を楽器に持ち替えてもいいのではないかと私は勝手に思っている。

 そして、昼食はおやじ団が腕を振るう、焼きそば、バーベキュー、そして宮城の名物「芋煮」に皆が舌鼓を打った。兎に角暑い。その暑い中での火のそばでの料理に、おやじ団の流す汗の量は例年よりも格段に多く、それに比例して料理中のビールの消費量は、今年はとても多かったと感じたのは私だけではないようだ。かく言う私もその一端を担っていたが。

 今年三年目のキャンパーのお母さんたちの集まり「奥様たちのティパーティ」が、シャンパンを傾けながら13時から優雅に厳かに行われ、会話に花が咲いていた。14時からはステンドグラス教室が開かれ、今年は20周年メモリアルツリーの作成も行われた。これは参加者一人一人が小さな葉っぱを作り、それを集めて記念のツリーを作る試みだ。来年のキャンプには完成品が見られることになっている。

 夜は大演芸会。宮城大学、福祉大学、キッズ団、おやじ団、こども病院の年々発展するプロ並みの芸が披露され、この芸のレベルも年々高まり、今年はアンコールの嵐だった。

 その後交流会が行われ、この日の夜もふけていった。

 

最終日

 最終日は10時から尚絅学院合唱部のコーラスによるモーニングコンサートで始まった。尚絅学院合唱部には第10回の記念キャンプ以来、ほとんど毎年参加して頂いている。今日が最後と言う最終日に彼女達の清らかな歌声を聴くと、とても気持ちがさわやかになると同時に、寂しさも次第につのってくる。私はこの感覚が大好きだ。そして閉国式。閉国式は暖炉ホールの椅子を全て運び、広いスペースを作り行われた。まずキャンプ長、大統領の宣言の後「気球に乗って」をみんなで歌い、その後蔵王キャンプ恒例の「キャンプが大好きだ」で各キャンパー一人一人の名前を呼び、最後は「蔵王が大好きだ」、「キャンプが大好きだ」、そして「みんなが大好きだ」でコールが終わる。この頃からみんなの目頭が熱くなってき始める。そして「世界に一つの花」を歌い終えて、最後の曲「今日の日はさようなら」で感激は最高潮に達する。

 集合写真の後、暖炉ラウンジに椅子を戻し、元の形に復元する。「この作業、20分はかかるよな」という堺の呟きを笑うかのように、みんな黙々と椅子とテーブルの片づけ、復元をほぼ5分で、誰も、何の不平もなく終わらせてくれた。最後も凄い感激だった。私は、この動きに、あの東日本大震災時の大被害の中で黙々と行動した東北人の行動を重ね見て、思わず手を合わせた。

 20周年記念蔵王七夕難病キャンプ、とても素晴らしいキャンプだった。

 一人一人がこのキャンプの思い出を胸にしながら、多くの出会いに感謝し、「また来年も蔵王で会おうね」を合言葉に別れを告げて行った。そして今年の夏が去ってゆく。

(堺 武男)