サマーキャンプ 阿蘇ぼうキャンプ【平成24年度】『がんばれ共和国』レポート(旧:がんばれ共和国 in九州)

  • □熊本県阿蘇市 / いこいの村阿蘇
  • □期日 / 8月24日(金)~8月26日(日)

キャンプが終わった「阿蘇ぼう!キャンプ」の参加家族及びボランティアスタッフ全員、只今精も根も尽き果たし、精神的にも肉体的にも真っ白…

今年の「第19回がんばれ共和国阿蘇ぼう!キャンプ」8月24日(金)~26日(日)、2泊3日のキャンプ、何事もなく楽しい…と書きたいのですが、とんでも無い前代未聞の出来事で幕を開けました。前日夕方、施設より電話あり。寝耳に水のダブルブッキングの話し…。長時間電話のやり取り、明け方まで続く。当然なす術もなく答えも出ない、睡眠不足のまま朝早く現地に出発。

状況を知っているのは髙見、髙見友、柿木と移動途中に連絡取った一部のスタッフのみ。現状が解らずとにかく現地に直行。施設側と話してもラチがあかず先方ダウン症の会(170数名)代表と施設側ぬきで直接話し合いをする。しかし互いが被害者、じっくり話し合う時間は残されていない。早い人達はすでに到着し始めている。最初の印象は険悪なムード。お互いに1年間かけて企画してきた「想い」が強いだけに、ダウン症の会のボランティア代表の女性が泣き出す…。とにかく互いが我を張っても解決はしない。キャンプを中止せざるを得ない状況だけど、どうしても我々全スタッフの中に、中止する選択肢は考えられなかった。中止すればとんでも無いことになる、もう全員阿蘇いこいの村への遠い道程を出発している。キャンプを実行することしか考えられなかった。参加家族は皆現地に向かっている状況、早急な判断が不可欠だった。30分近く話し合っても互いが譲らず平行線。妥協策を提案しても結論出ず、取り合えずお互い持ち帰って互いのスタッフと最終話し合いをする。(出た妥協案は一泊づつお互い施設側が用意した別の施設に移り合いましょう…だった)。とその時、永年参加している女性スタッフから「髙見さん、子ども達の体調考えると私達が他の施設に移動して、キャンプ2日間を同じ場所で過ごした方がいいですよ」。この一言で決断した。即、ダウン症の会に知らせ、柿木君を先頭に全スタッフ総力を挙げて家族とボランティアに携帯で移動の連絡をする。朝、小林氏にも連絡(羽田空港出発前)「どうなってんの…どうなってんだよ…」と戸惑い、詳しく説明する時間が無い。急遽私と高見友は移動する先の施設「火の国ハイツ」に向かって1時間車を飛ばす、施設の内容が白紙、全く解らない。飛び込んで「火の国ハイツ」責任者と直ぐに施設内を見て回り、14時、参加者を向かい入れる対応をする。高見友は玄関に受付場所を設置し、長い時間掛け練ってきた部屋割りが全て無になり、必死に全参加者の部屋割りを建国式までに決めなければ成らない…近寄って声かけられる状況ではない。とにかく到着した家族に平謝りでスタッフ各々が動き回り対応。

どうにかこうにか遅れたけれど建国式を迎え、大統領選出…これで形だけでもキャンプを始めることが出来たと一息ついた途端に又もや驚き、手違いで大統領3人(季松大貴君・野中雅博君・後藤帆南ちゃん)を選んでしまった。よし今年は3人の大統領決定。19年間の中でも初めてのハプニングだらけ、家族同士の相部屋・ボランティアのすし詰め状態、ある部屋には布団が余り、またある部屋には布団が足りず、勝手が分からないまま参加者各自の状況対応に、正直頼るしかなかった。(男性スタッフの中には寝る場所が無く、女性スタッフの部屋で入り口の板張りに寝せて貰ったとか…)。そんなシッチャカメッチャカなキャンプの中でも、今年は男性のボランティア参加者が多く、入浴介助は例年になく上手くいったとの事(ちょっとだけ安心)。食事の後の夏祭り、昨年は親父達の女装大会だったが、今年は逆にお母さん達の仮装大会を行い、狭いホールの中 "にんげんていいな"の普通バージョンとロックバージョン、そして炭坑節を参加者全員で特に楽しく踊る。子ども達の寝る時間も例年より遅れたが、滞りなく初日は終わりを迎え、落ち着いたところで親父クラブとボランティアミーティングを各用意した部屋にて行う。親父クラブは、一家族今年初めてのお父さんが参加。お父さんの話に各ベテランお父さん達は初心に返り、苦しい時代の昔の自分と向き合うことが出来たようだ…。

2日目の朝を迎え、楽しみな熱気球…、昨日夕方5時までは、中止もやむを得ない状況だったが、お世話になっている熱気球スタッフの方の機転で施設の前の運動公園で行うことが決定する。急遽場所の申し込みと周りの各個人住宅に「がんばれスタッフ」と一緒に挨拶に行ってもらい、朝、青空の下熱気球を上げることが出来た。この事は今回のキャンプで大きな意味を持ったと思う。ホント楽しみにしていた家族や子ども達の夢の一つを壊さなくて良かった。午前中、お母さん達は"お母さんクラブ"で話し合い、子ども達は朝早く駆けつけてくれた"元気アートプロジェクト"と"夢バルーンの会"の皆さんの企画でホール一杯を世界一周双六で遊んで貰う。ミニ博物館のコーナーもあり、火星の隕石と大かぶと虫の幼虫などが展示。午後は発泡スチロールの蝶々や飛行機を飛ばして遊び、がんばれ共和国の国旗などを皆協力して作製する。夕食の後は恒例のコンサート、今年はオカリナとギター、パーカッションの4人グループ「Shana(シャナ)」さんの、優しい心のこもった音色に聞き入ってしまった。私自身今回の事で疲れていた身も心も癒し、一瞬忘れることが出来た時でした。

最後の夜を迎え皆クタクタだったと思うが、全体交流会では楽しい会話と笑い声が聞こえ、家族のお母さんやお父さん達からは「キャンプを遣って頂いてありがとう」の言葉ばかり頂いた。初めて参加のお母さんやお父さんの堅かった表情が楽しそうで、「初めて参加して温かい心を頂きありがとうございました。 来年も参加します」と云って貰い、"やって良かった"と実感できる。

3日目最終日、閉国式最後の幕が下りる時、若いスタッフが企画したサプライズ。今回の出来事も重なり最高に感動した一瞬だった。参加者の多くが感動して涙が出てきたと口々に云ってくれたことに感謝。

そして19年間の中でお別れせざるを得なかった仲間達7人、今回1参加家族のお母さんから立派な額に1人1人を飾って頂きました。この仲間7人も含めて「がんばれ共和国 阿蘇ぼう!キャンプ」です。(出逢って良かった)

帰る間際、全参加者にソフトクリームのプレゼント。ソフトクリームの会社のご厚意、格別美味しかった。

回の出来事で、今年のキャンプは反省ばかりです。19年間キャンプを遣らせて貰って来たが、今回のキャンプほど誰かのお陰などではなく、「阿蘇ぼう!キャンプ」に参加頂いた皆さんの"想い"が一つの生き物になって活きづいてると実感したことはない。本当に「がんばれ共和国 阿蘇ぼう!キャンプ」の皆さんありがとうございます。深く感謝します。

最後に、長年に渡って見守って頂いている白川先生より、キャンプが終わって心温まるメールを頂きましたので先生のご許可を頂き紹介します。

(実行委員長 高見 俊雄)

今回、スタッフの方々は大変な思いをされたことと存じます。
キャンパーは人を恨んだりねたんだりすることのない人たちであること、キッズの子どもたちは、どこに行くかよりも、だれと時を共にするかを大切にしていることから、場所が変わることは大きな問題ではないと思っていました。外に出られなかった、景色がよくないなどの不平は、おそらく、キャンパーやキッズから出る不満ではないはずですね。とにかく開催することが大切と思っていました。熱気球は子どもたちの夢だったので、飛べて幸せでした。今回、もし私たちが、いこいの村で過ごしたら、大きな後悔を残したと思っています。よいことをしたところから始まったキャンプは幸せなキャンプでした。幸せとは足ることを知っているキャンパーやキッズは幸せと感じています。来年また参加できれば、多くの新しい方々を引き連れてまいります。
今日の外来で、すでに来年の新たな参加希望者がありました。
いつもお世話になり、ありがとうございます。

(白川 嘉継)

阿蘇ぼう1

阿蘇ぼう2

阿蘇ぼう3